貴方と同じものが欲しかっただけ



昔から激しい運動は禁止されていた。
小さい頃は少し体を動かすだけで息切れして、体育なんてだいたい見学。
クラスメイトがグラウンドで走り回っているのが、見ていてとても辛かったのを覚えてる。

なんで俺だけ。
いつもそう思って、なんでもいいから体が自由に動かせるようになりたくて、ベッドの中でずっとずっと祈ってた。

その祈りが通じたのかは分からないが、中学に上がる頃には普通の運動ができるくらいにはなった。
でも病気が治ったわけじゃない。
相変わらず激しい運動は禁止だし、薬は常備が必至。
日常生活には問題がなかったため学校には通っていたが、発作が怖くて人を遠ざけてたら自然と1人になっていた。
それもこれも、全部この体が弱いせい。俺は自分の体が、自分が大嫌いだった。

そんなある日、俺は出会った。
俺とは正反対の、生きる活力に満ちた八田美咲という存在に。


美咲は元気で、馬鹿で、強かった。
喧嘩で負けたことは見たことがなくて、俺が巻き込まれてもだいたい美咲が片付けてくれた。
おかげで発作を起こすこともなく、体のこともばれずにすんだ。
強いな、って言えば美咲はとても嬉しそうに笑って、当たり前だろって返す。
その笑顔が綺麗で、俺には少し眩しくて、羨ましかった。
美咲の元気で明るくて強い所が大好きで羨ましくて。恥ずかしいし悔しいから一度も本人には言わなかったけど、俺は美咲に憧れていた。

でも美咲はいつもつまらなそうで、退屈だなとよく愚痴を聞かされる日々。
それが終わりを告げたのは、帰宅途中に周防尊に会った時。
美咲とともに吠舞羅に入って尊さんから力を貰ったとき、俺は確かに感じた。
自分の体に満ちる炎と、その強さを。

赤の王のクランズマンになって俺の体は驚くほど軽くなった。
それが赤の炎の特性である身体強化によるものだと知った時の感動は、もう言葉には出来ないもので。
ずっとずっと望んでいたものがやっと手に入ったことに舞い上がり、美咲と2人で戦闘に参加した。
特攻する美咲の後ろをナイフを構えて走る。
美咲の側で走れてること、隣でいられることが嬉しくてたまらなかった。
それが俺にとって、やっと美咲と対等になれた瞬間だった。

だからこれは罰なんだろう。
絶対に手に届かないものに手を伸ばした罰。
同じになれると慢心した罰。
側にいられると思ってしまった、罰。




「今…なんて…?」
自分の声が震えてるのが分かった。
目の前にいる担当医の顔が泣きそうなものに変わる。
小さい頃からお世話になっている彼女は、そこらへんにいる出世を目的にした医者とは違い、常に患者を気にかけてくれる優しい人だ。
だから俺も信頼している。先生が嘘をつかないことも、俺は知っている。

「このままでは、貴方の体は長くはもたないわ」
はっきりと、もう一度告げられた内容が、今度はすとんと自分の中に落ちてきた。
先生は嘘をつかない。
だからこれは事実なのだろう。

「…俺、死ぬんですか?」
「このままでは、ね」
先生の顔が見れなくて俯いたまま聞いた俺の肩に手がかかる。
そっと顔をあげると、先程までの泣きそうな顔を、真剣な医者のものに変えた先生の顔があった。
「貴方の体がここまでひどくなってしまったのには、ちゃんと理由があるの」
「…なんです、か?…理由って」

俺はこの時、予感をしていた。
だけどそれは考えたくないことで。そうであってほしくないことで。
祈るような気持ちで先生の言葉を待つ。

「赤の炎よ」
「ッ……」

やっぱり。
嫌な予感ほどよく当たる。当たってほしくないことほど、現実になる。

「赤の炎による身体強化は確かに貴方の体を丈夫にした。でもそれは表面的なもののみよ。体の中は…内臓は…」
「傷つきまくってたってことですよね…」
「分かっていたなら…」
何故もっと早く来なかったのか。
先生の声が震える。多分、俺の答えを先生は分かっている。

「ここにきたら、吠舞羅をやめろと言われることは分かってたので…」
患者の体のことを第一に考える先生が、害となる力を与えたチームに留まることを許すはずがない。
だから吠舞羅に加入してからは一度も来なかった。
何度も定期検診に来いと言われてたけど無視を続けた。
でも最近になって体の不調が誤魔化せなくなって、その結果がこれだ。
でも俺は

「後悔はしていません。吠舞羅に入って、尊さんに力を貰って、俺はやっと自分が生きてるんだって実感できたんです。死ぬのはもちろん嫌だし恐いけど…でもそれで、俺の吠舞羅への気持ちを嘘にしたくはない」

好きだから。彼らが。吠舞羅というチームが。俺の誇りなんだ。

真っ正面から先生の顔を見つめると、その顔が和らいで優しいものに変わった。
まるで愛おしい我が子を見るようなその目が恥ずかしくて顔を逸らす。
「生きることを絶望していた貴方をそこまで変えてくれたことは、私は感謝しなければいけないわよね」
「先生…じゃあ、」
「でも、私は医者として言うわ。吠舞羅をやめなさい」
「ッ……」
「そして今から私はもっとひどいことを言う」

先生の目が苦渋の色に染まる。
それだけで俺は逃げたくなった。
悪寒なんて言葉じゃ足らないほどの何かを感じる。
その先を聞きたくない。
聞いたら壊れる。何がかは分からないけど、漠然とそんな予感が胸を占める。
そして悪い予感ほど当たることを俺はとっくに理解していた。
この先に待つのがどれだけ残酷でも選ばなければならない未来だということも、俺は理解できていた。




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