女が苦手な美咲くんと男が苦手な猿比古ちゃんがお付き合いを始める話



恋人ができた。と言えば、だいたいはお祝いの言葉が貰える。
一部からは嫉妬やら羨望やら混じったものもあるが、それが何年もいがみあっていた2人だと知れば皆一様に拍手を送った。
曰く、やっと落ち着いてくれた、と。
だがしかし、それは周囲の想いであり、当事者2人も同じかと思えばそうとも言えない。

世間で言う恋人同士の関係になったはずの八田美咲と伏見猿比古は、付き合う前と寸分変わらない殺気を出し合って対峙していた。
八田はスケボー、伏見はサーベルと、お互いの得物を構えるその姿は、本当に付き合ってんのかと疑いたくなるほどピリピリしている。
それもそのはず。2人は何も好き合って付き合いだしたのではないのだから。
言うなればそれは利害の一致。
互いが互いに、ちょうど良い相手だったからに他ならない。

では何がきっかけだったのか。
事の始まりは、約1週間ほど前に遡る。


八田が己のチームの縄張りである鎮目町を見回りしている最中、伏見がやってくるのは珍しいことではない。
下の名前を呼びながら喧嘩を売る彼女はもはや見慣れたもので、その喧嘩をすぐに買う八田もまたいつものことである。
しかし今日は少しだけいつもと違うことがあった。


「で、なんだよ話って。くだらないことならぶっ飛ばすぞ」

人通りが多い道から少し外れた路地裏。薄暗いそこに八田と伏見はいた。
伏見が吠舞羅を裏切ったことを告げた場所に似たそこに八田は苛立ちを募らせながら、正面の伏見を見据える。

いつもと違ったこと。それは伏見がサーベルを構えずに八田に話しかけたことだ。
呼び方もいつもの間延びして強調させたものではなく普通のものだった。
まあ八田からすれば、下の名前で呼ばれてる時点で喧嘩を売られているようなものだが。
だがそこは長い付き合い。
己を見る伏見の視線が常より真剣なことに気づいた八田は、共に見回りをしていた鎌本を言いくるめ帰らせると、2人でそこから移動した。
そして、現在に至る。


「実はさ、俺かなりモテるんだよ」
「よし喧嘩なら買うぞ表でろ」
「話は最後まで聞けよ。つか、ここ外だし」
真剣な顔つきのまま伏見が告げたふざけた内容に、八田は拳を固める。
伏見は八田の短気っぷりに溜息をつく。

「てか、お前は知ってるだろ。中学の時からなんだから」
「それは…まあそうだけど…でもお前の今の格好で言われるとまじ腹立つ」
今の格好、というのは仕事中に伏見が常時着用しているセプター4の制服のことだ。
つまりいつもと何ら変わらない格好なのだが、原因はその制服が男物と形が全く同じなことだ。
伏見猿比古は女性だ。それは八田にも分かっている。
だが着崩した男物の制服にアシンメトリーに跳ねさせた髪と野暮ったい眼鏡をかけた彼女は、よく顔を見なければどう見ても男にしか見えずつい本来の性別を忘れてしまう。
それ故に今まで悪友として良くも悪くも付き合ってこれているため、こういう時の反射的な反応は致し方ないと言える。

「しょうがねえだろ。この格好じゃないと今以上に男共がうようよ寄ってくるんだから」
吐き捨てる伏見の顔は心底嫌そうに歪んでおり、元の整った顔が台無しになっている。
これがなければなぁ…と八田は小さく溜息をついた。


伏見猿比古は男が苦手だ。
八田は女が苦手だが、何を話したらいいか分からず照れてどもってしまうだけで、女そのものが嫌いな訳ではない。
対して伏見のそれは完全なる嫌悪感からくるもので、苦手というよりは嫌いの部類に入るだろう。
特に自分を性的な対象にみる男が心底嫌らしく、そういう意味で近づく者には一切の容赦をしないで叩きのめす。
昔何かあったらしいのだが、八田はそれを知らない。
まだ学生だった頃に一度だけ聞いたことがあるが、その時の凄まじい拒否っぷりに聞けなくなったのである。
なんでも、二度と思い出したくない過去らしい。
ちなみに八田は伏見と出会ってから約半年もの間、彼女の性別を勘違いしていた。今と同じように男子制服を着て髪も整えていなかったためこれもまた致し方ないことではあるが、トイレや更衣室に一緒に行かないことに疑問を持たなかったのは 如何なものか。鈍いにも程がある。

艶のある黒髪にきめ細かな白い肌。現在はサポーターにより隠れているが、スレンダーなわりに胸がけっこう大きいことを八田は知っている。
男からすればもう少し全体的に肉が欲しいところだが、女性にとっては理想の体型と言えるだろう。
ルックスとスタイルだけなら文句無しの伏見だが、件の男嫌いとそこら辺の男より男勝りな性格により、八田にとっては女性扱いすべき対象にならない。
伏見も、女だと分かってからも変わらずに遠慮なく接する八田を気に入り、学生時代からはいつも一緒だった。
まあそれも、伏見が男所帯の吠舞羅に耐えきれなくなって抜けたことにより、相棒から仇敵に変わってしまったわけだが。
余談ではあるが、伏見が吠舞羅を抜けた本当の理由は、チームの下っ端からほぼ毎日くる告白にブチ切れたためであることを八田は知らない。
八田からすればセプター4も男ばっかりじゃねえかと言いたいところだが、カラーギャングという性質上無鉄砲かつ無遠慮な男達が多い吠舞羅と、秩序と誠実が売りの紳士な男達で構成されるセプター4では雲泥の差である。
伏見が現在もセプター4に所属しているのが何よりの証拠だ。

「で?自慢じゃなきゃ何だよ?てか、お前がモテることに俺は関係ないだろ」
「関係あるんだなぁ、これが」
「は?なんでだよ」
首を傾げる八田の顔を真正面に見つめて伏見は続ける。
「ぶっちゃけ俺はもう限界だ」
「…何が?」
「どれだけ告白や熱い視線を向けられても、吠舞羅にいた頃よりはマシだとずっと自分に言い聞かせてた。でもやっぱり無理だ。つかまず俺より弱いのに告白とか100年早いんだよ」
「おい、今さらっと言ってたけど、吠舞羅よりマシってなんだよ?何されたんだよ俺知らねえぞ」
「というわけだ。美咲」
「あんだよ、てか質問に答えろよ」
「俺と付き合おう」
「あーはいはい、分かったから質問に…………………は?」
「美咲にしては理解が早いな。じゃあ皆に報告するから」
「ちょっと待てええええええええ!!!!!!!」

端末を取り出した伏見の腕を掴んで止めると、訝しげな目が八田を睨んだ。
「なんだよ、邪魔すんなよ」
「なんだよじゃねえだろ!!どういう意味だよ付き合うって!てか報告ってなんだよ意味わかんねえよ!!!!!」
一気にまくし立てる八田の大声に伏見は眉をひそめる。
2人は忘れているが、ここは大通りより若干外れただけの路地裏だ。
言うまでもなく目立っているが、伏見の青い制服により皆一様に足早に去って行くのが幸いというべきか。
セプター4は信頼できるが、関われば厄介事に巻き込まれることは暗黙の了解である。

そんな市民の気持ちなど露ほど知らず、伏見と八田の会話は続く。
「そのままの意味に決まってるだろ?美咲と付き合うことになりましたって報告すんだよ」
「だ、か、ら!なんでわざわざ報告するんだよ!?つか!なんで俺とお前が付き合うこと前提なんだよ!!!」
「さっき分かったって言ったじゃねえか」
「あ、れは弾みで言っただけだ!お前となんて御免だ!!」
「それはこっちの台詞だ馬鹿。でもしょうがないだろ。俺もう限界なんだもん」
「おま!?失礼な奴だなくそっ!…だから、その限界ってなんだよ?」
若干落ち着いた八田が再度問いかけると、伏見は溜息をつきながら話し出す。
「俺とお前って、周りから何て言われてるか知ってるか?」
「は?何って…なんだよ?」
「いやも嫌も好きのうち、の喧嘩ップルだってよ」
「はあ!?」
ふざけんな!八田は心の中で叫ぶが、悲しいかなこれが事実である。

伏見と八田は会えば一気触発の傍迷惑な2人だが、それぞれ単体ではわりとまともな人間だ。
伏見はだいぶ、いやかなり捻くれているが与えられた仕事はしっかりこなすし、分かりにくいが優しい一面もある。
八田は直情型故に暴走することが多いが、それも彼の情の深さ故でもある。
そんな2人が、お互いだけにあれほど気にかけ始終喧嘩していればあらぬ噂がでるのも無理もないことで。
問題の喧嘩も見ようによってはただの痴話喧嘩に見える。
何より女が苦手な八田が女である伏見に構い、男が苦手な伏見が八田に構っているという状況が、お互いが特別であることの何よりの証拠。それにより、実はあの2人は想いあって素直になれないだけでは、という噂が広まっているのである。

当人達からすれば、喧嘩ではなく本気の殺し合いだし、八田は伏見を女として見てないためにまともに話ができるだけでそもそも八田自身は伏見に構ってもいないし、伏見は男で唯一自分とやり合えて女扱いしない八田に日頃の鬱憤を晴らすいいストレス解消剤として喧嘩を売っているだけなので、はっきり言えば勘違いも甚だしい迷惑な噂である。
だがしかし噂は噂。伏見へのアプローチは途切れることはなく、むしろその噂の真偽を確かめるべく告白してくる輩すらいる。
いくらセプター4の隊員が吠舞羅のメンバーより紳士であろうと、ものには限度がある。
嫌いな人種である男からほぼ毎日くる告白及びアプローチ及び熱い視線に、伏見はついに限界を迎え、とある結論に至った。
そしてそれを実行すべく、八田の前に現れたのだ。

「もういっそ噂を本当にしていい寄ってくる男共を無くす。というわけ。わかったか?」
「ああ…意味はわかった…だがな、それはお前の都合であって、俺には関係ねえよな?」
もう怒鳴る気力もない八田はうなだれながら言う。八田からすればいい迷惑な話だ。
良いように使われるなど御免だ。八田が睨むと伏見の顔が変わった。それは常日頃から見慣れた八田を揶揄する時の歪んだ笑顔で、何とも言えない悪寒が走る。
ここにいてはまずい。本能的に察した八田が身構えた瞬間、伏見の口が開いた。

「お前ってさぁ、彼女いない歴=年齢だよなぁ?みぃ〜さぁ〜きぃ〜?」
「んなっ!?な、なんで知ってんだよ!!!」
「ああ、やっぱりか。まあ絶対そうだと思ってたけど」
「ッ!?」
嵌められた!!!
真っ赤から一気に真っ青に変化した八田だが、女が苦手ならすぐに考えられる可能性でありもとよりばればれの事実でもある。
しかし八田にとっては隠してきた秘密が急遽暴かれた由々しき事態だ。しかも己の過失も原因に含まれている。
軽くパニックに陥りかけた八田を大声で笑い者にしたいのを必死におさえ、伏見は再度口を開いた。
「19にもなってさすがに情けないよなあ?童貞ってだけでも恥ずかしいのに、女と一度も付き合ったことないなんてさぁ」
「う………」
それは八田にも分かっている。実際恥ずかしいし情けないと思っているが、どうにも苦手なのだから仕方ない。
二の句が告げず黙り込んだ八田に伏見は近づき、己より小さな位置にある頭を見下ろして続ける。
その顔は実に楽しそうで生き生きしている。
「だ、か、ら、俺と付き合えばその情けない状態から脱却できるんだぜ?まあ童貞は貰ってやれないけど。俺は男共のアプローチが無くなることはないだろうけど今よりは減るし、お前は彼女いない歴=年齢を卒業できる。一石二鳥だろ?」
「……………………」
正直伏見の言うことは一理ある。
この話の流れでのお付き合いなら、八田が考える一般的な恋人関係のいろいろあれやそれやこっぱずかしいことは回避できそうだし、何より伏見がそういうのを全面的に拒否してるから心配ない。
八田だって男だ。彼女ができたらしてみたい夢みたいなものはあるわけだが、それをこの性悪女と果たしたいとは思わないし、まず伏見なら乗ってこない。
そう、これは形だけの彼女で、こいつが俺を良いように使うなら俺だってそうすればいいだけの話なわけで。
幸いにも伏見はルックスとスタイルなら抜群だ。つまり見た目だけなら彼女として申し分ない。見た目だけなら。

「いいぜ…その提案に乗ってやるよ。お前と付き合ってやる。仮だけどな!」
「交渉成立だな」
暫く悶々と悩んでいた八田が出したその答えを半ば分かりきっていた伏見は右手を差し出した。
八田がその手を掴み握手をかわすと、伏見はにやついた笑顔になる。
「俺の彼氏役は色々大変だからな。精々がんばれよ?みぃ〜さぁ〜きぃ〜?」
「へっ!上等だゴラ!名前で呼んでんじゃねえよクソ猿!」
どう聞いても恋人同士の会話ではないが、今ここにひとつのカップルが誕生した。とてつもなくバイオレンスなカップルだが。

「じゃあ俺は仕事戻るから」
「おう。さっさと行け」
「それ、恋人に言う台詞じゃねえだろ」
「うるせえよ」
軽口を叩き合いながら2人は路地裏から大通りに出る。互いに背を向け少し進んだところで、伏見が振り返り声をあげた。

「美咲!」
「あ?んだよ。ま、」
まだ何かあんのか。振り返りながらそう言おうと思った口は止まる。
体ごと八田のほうに振り返っていた伏見はとても綺麗な笑顔で。

「ありがとな」


背を向けて歩き出した伏見は気づかない。

真っ赤なまま動けなくなっていた八田の姿に。


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