伏見と八田が学校帰りに赤の王である周防尊に出会い、チーム吠舞羅に加入してから数日。
拠点のBar.HOMRAで昔なじみの鎌本と共にチームの仲間と騒ぎながら、八田はふとカウンターへ視線を移した。
ほぼ定位置になりつつある隅の席に座る伏見は、マグカップを片手に持ちながら草薙と会話している。
ここから会話の内容は聞こえないが、楽しそうなことは分かった。
伏見が笑っているからだ。

伏見は決して無愛想というわけではないのだが、生来の人見知りのせいで態度が悪くなってしまい、あまり人が寄り付かない。
本人も気にしているのだがそう簡単に直るものでもなく、吠舞羅内でも浮いた存在となっている。
だが、今草薙と話している伏見の顔は穏やかな笑顔だ。

おいちょっと待てよ、俺そんな笑顔ほとんど見たことねえぞ。

八田の胸の中に何か黒くて重たいものが渦巻く。
中学の頃は伏見自身がクラスメイトに全く興味がないため、追いかければ無条件で隣にいることができた。
だが吠舞羅は違う。
義務教育のため行きたくもないのに行かなければならない学校と、伏見自身が選び加入した吠舞羅。
伏見が加入したために一緒に入った八田だが、思ったより楽しく充実した日々が過ごせてる。
伏見のこと以外は。

仲間と馬鹿やるのは楽しい。
でもそれ以上に、伏見が足りない。
最近まともに会話もできてない気がする。

「八田さん、どうし…ああ、また伏見っすか?」
「おうよ。あ、つかてめえはあんま見るな。減るだろ」
「へいへい。わかりましたよ」

一体何が減るというのか。
口に出せばどうなるか身を以て学んでいる鎌本は、それ以上は追求せず引き下がる。
八田の伏見への執着を初めて知ったときはそれはそれは驚いたが、いい加減慣れた。
鎌本以外のメンツも同じで、2人の会話に苦笑している。

伏見は知らない。チームになかなか馴染めない原因が己自身のみではないことに。
八田は自分の周りにいる仲間達にお決まりになりつつある台詞をはく。

「猿比古は俺のだから、誰も手だすなよ」

笑顔のはずなのに、その目は全く笑っていなかった。




**********


猿比古がいない。

バーに入ってすぐ気づいた八田はカウンターの奥で片づけをしている草薙に近づいた。
「草薙さん、猿どこっすか?」
「ん?伏見なら、さっき呼ばれて外出て行ったで」
「…誰にっすか?」
「あ、あー…それは…」

失言だった。
草薙は言葉は濁しながら視線を逸らす。
既に八田の目はやばい。完全に据わっている。
周防、草薙、十束といったチームの王及び幹部とアンナという例外を覗いて、自分以外が伏見に近づくことすら許さない。
本当は草薙達ですら嫌なのだが、流石に彼らには何も言えないし言える立場ではないため黙っているだけだ。

「まあいいっす。自分で探すんで」
「そ、そか…ちなみにどうやってや?」
「あいつの居場所は分かるんで」

なんでや。
八田の顔は嘘をついてるようには見えない。だからこそ恐い。
このまま追求すれば知りたくない事実を知ってしまいそうな気がするため(例えば発信機つけてるとか。本気でありそうで恐い)、草薙は黙って見送ることにした。
あまり大事にならないことを祈りながら。それが叶わないことも、うっすらと理解しながら。




**********

見つけた。

八田の前方には向かい合う2人組み。1人は言わずもがな、伏見だ。
もう1人は分からない。
吠舞羅のメンバーであることは確かだが、名前までは知らない。
元より八田は周防達と鎌本以外のメンバーは覚える気がないため当たり前なのだが。
バーから少し離れた狭い路地裏に2人はいる。こちらにはまだ気づいていない。

なんでだよ。なんでそんな奴見てんだよ、猿比古。

イライラする。
2人に近づくと、伏見がこちらに気づいた。眼鏡の奥の綺麗な目が大きく見開かれる。かわいい。
最近ではなかなか見ることがなかった顔を見て、少し気分が良くなる。
だがそれは一瞬だった。

名前も知らない男の手が、伏見の肩に触れる。
次の瞬間、八田は走っていた。
それを見た伏見が何か言おうと口を開けるが間に合わない。
八田の容赦ない拳によって男が吹っ飛ばされる。

「気安く触んじゃねえよ」
常の八田からは想像もできない低い声。
目の前の自分より小さい背中から感じる怒気に伏見は動けなくなる。
誰だよ、これ。
目の前の背中が本当に八田のものなのか疑いたくなるほどの恐怖が伏見の胸の中に広がる。

「猿比古は俺のだ。触んな。見るな。綺麗な猿比古が穢れるだろうが」

殴られたまま動けない男を見下ろしながら八田が言い放つ。
その言葉には一片の躊躇いもなく、それが伏見の恐怖を募らせる。
今まで気持ち悪いとしか感じなかった八田の執着。
吠舞羅に入って、鎌本達と一緒にいるようになって緩和されたと思っていた。
だがそれは勘違いだったことに伏見は気づく。

恐い。美咲が、恐い。


「もう大丈夫だ、猿比古」
八田が振り向いた時、伏見は震えていた。
男をもう一発殴ろうかとも思ったが、それより目の前の伏見を落ち着けるのが先だと判断して手を伸ばす。
「ひっ…」
「お前は俺が守る。絶対に」
抱きしめた時の小さな悲鳴。震えが止まらない細い体。
身長が足りないことが悔やまれる。
もっと包むように抱きしめて、安心させてやりたいのに。

八田は気づかない。伏見の震えの原因が己自身であることに。
八田が抱きしめている限り、伏見の震えが止まらないことに。