もし美咲くんと猿比古くんの性格が正反対だったら。美咲編




つまらない授業に飽きた俺が向かうのは、最近サボりスポットとして目をつけた屋上。
少し肌寒いこの時期にわざわざ風当たりが強いそこにいくのは俺だけのようで、誰もいない屋上は俺のお気に入りだ。
扉を開けると、柵に持たれかかる後姿が目に入った。

なんだよ、先客かよ。
せっかく一人でのんびりできると思ったのに、人がいては気になって昼寝ができない。

「おい!」
「…え?」
募るイライラのまま近づき声をかけると、少し驚いたよう声をあげながらそいつは振り返った。


時が止まった、気がした。

少なくとも俺の時間は止まっていた。
目の前の奴から目が離せない。

さらさらの黒髪に深い青の瞳が綺麗で、眼鏡がもったいないような、でも似合ってないわけじゃなくて。
身長は俺よりあるけど、全体的に細くてすらっとしてて、腰とか抱きしめたら折れそうだ。
色も白い。鼻筋はすっとしてて垂れ目で、睫毛なんて女みたいに長い。

まあ要約するとめちゃくちゃ綺麗な奴だ、うん。顔とか特に。
その辺の女よりずっと綺麗。

自分の顔が赤いのが分かる。
なんだこれ、なんだよ、これ。
なんか心臓もバクバクいってるし、これやばいんじゃないか?俺死ぬのか?

「…なんだよ、お前」

うわ、すっごい良い声。てか綺麗だ。顔も綺麗だけど声も綺麗とか反則だろ。
そこまで考えて、気づいたら俺の体は動いていた。

突然近づいた俺に目を見開くそいつの手をとる。思った通りめちゃくちゃ細い腕だ。
狼狽えて困ってる顔がかわいい。
男にかわいいとか可笑しいかもしれないけど、でもかわいいんだからしょうがない。

「ちょ、なに、」
「好きだ!俺と付き合ってくれ!!!」


ほぼ無意識に口から出た人生初の告白は、数秒後にばっさりと断られて終わるのだが、間違いなくこれが、俺ーー八田美咲と伏見猿比古のはじまりだった。



**********



「猿!今日ゲーセン寄ってこうぜ!」
「行かない。一人で行け。あと猿って呼ぶな」

八田にとっての運命の出会いから約一週間。
もはや恒例となりつつある光景に、クラスメイトは苦笑を漏らす。

八田と伏見が同じクラスだったのは偶然なのか必然なのか。
お互いクラスメイトに興味がなさすぎて気づいてなかったため、あの後教室で伏見を見つけた時の八田の感動は凄まじいものだった。
やっぱり運命だ!!と叫んだ八田に教室が騒然としたのも致し方ないことで。
真っ赤になった伏見が教科書を八田の顔面にぶつけたのも仕方ないことだったと言える。

「…何にやついてんだよ、気持ち悪い」
「いや、真っ赤になった猿比古が可愛かったの思い出して」
「死ね」

伏見は割と本気で言ってるのだが、八田に効いた試しがない。
八田にとってはむしろ、最初の頃のガン無視より反応がもらえるだけ嬉しく感じているほどである。

「よし!猿比古、こっちだ!」
「ゲーセンには行かないって言っただろ」
「駅前の店のパフェ食べ放題券やるからさ!」
「…………チッ」

パフェ食べ放題と聞いて、伏見の拒絶オーラが若干和らぐ。意外と甘いものが好物なのはわりとすぐに判明した事実のため、この手の交渉はだいたい上手くいく。
かわいいなと思っても口には出さない。
言えば即座に帰宅コースになることは既に勉強済みだ。

「今日新作でてるから急ごうぜ!」
「あ、ちょ、手掴むな馬鹿美咲!!」

握った手は冷たくて、無意識に力がこもる。
無理矢理振り払われなくなった手に、綺麗な声で呼ばれる下の名前。
女みたいな名前をわざわざ呼ぶのは嫌味らしいのだが、猿比古なら許せる。むしろ嬉しい。
猿比古以外には絶対呼ばせないけど。

少しずつだけど、確実に縮まってる距離に顔がにやけるのが抑えられない。
こんな顔見られたらまたキモいとか言われるんだろうな。別にいいけど。猿比古になら何言われてもいい。
猿比古が俺を見てくれれば、他はどうだっていい。

一歩前を走る八田の異常とも言える想いに伏見が気づくのは、もう少し先ー2人で吠舞羅に加入した後の話である。


次ページ